※本記事はライターの陽菜ひよ子氏に取材・執筆いただきました。
ガチャン、と工場に響く小気味よい金属音。120年前から続くその音は、その日、これまでで一番晴れやかなリズムを刻んでいました。
2026年4月25日。
側島製罐で幕を開けたのは、120年目の「蓋」をひらく色鮮やかな『そばじまフェスティバル Open the can!地域とcan!』でした。


工場が一日だけテーマパークになる「新しい工場見学」!
「オープンファクトリー」はイベント盛りだくさんで、まさに「テーマパーク」です。4回の缶づくり体験ツアー(各1時間)をはじめ、アロマワックスやオリジナル缶づくりなどのワークショップ、縁日コーナー、豪華プレゼントの当たるガチャが用意されていました。
これらのイベントは、社員のみなさんの「来場者に楽しんでもらおう」という想いの結晶です。
本日のプログラム
10:00 開会
10:30 お菓子まき
11:30 トークイベント(お菓子缶研究家・中田ぷう氏)
13:30 トークイベント(大治町長・鈴木康友氏)
15:00 お菓子まき
16:00 閉会
缶づくり体験ツアー:10:30-11:30/11:30-12:30/13:30-14:30/14:30-15:30
また、敷地内ではマルシェが開かれ、地域の名店などがズラリと並びます。縁日コーナーも設けられて、お祭りムード満点です。


10時になり、いよいよ開会式がスタートしました。代表・石川貴也さんの挨拶を聞き漏らすまいと、筆者はペンを片手に待ち構えていました。けれど、そのような堅苦しい空気はここにはありません。
社員のみなさんがお菓子の入ったカゴを持って壇上にあがりました。来場者お待ちかねの「お菓子まき」がはじまるのです。

はじまりは地元らしく「お菓子まき」で
空から降ってくるのは、色とりどりの駄菓子と、120年分の感謝。

名古屋圏での「お菓子まき」は最大級の祝祭のカタチ。結婚の際に、花嫁の家や式場の高いところからお菓子をまくのです。

宙を舞ったお菓子を追いかけて、子どもたちの歓声が響き渡ります。お菓子をまく人も受け取る人も、大人も子どももみんな笑顔。その光景は、120年続いてきた工場が、これからも地域とともに歩んでいく「約束」を体現するかのようでした。

120周年のこのイベントに「お菓子まき」を選んだのは、「楽しさ」や福を分ける「縁起物」の意味だけではありません。みんなが同じように空を見上げて手を伸ばす「一体感」も大きいと感じました。だとしたら大成功。会場は一気に温かな高揚感に包まれたのです。
缶づくり体験ツアー:缶が生まれる現場へ
工場内では毎時30分から1時間の「缶づくり体験ツアー」が4回開催されました。普段は立ち入ることのできない、120年の歴史が刻まれた製造現場です。

工場に足を踏み入れると、まず規模に圧倒されます。ズラリと並ぶ大型機械、行き交う職人たち、そして工場内に響く金属音。普段手にしているあの缶が、ここで生まれているのだと思うと、不思議な感慨がありました。

この日の見学ツアーは、缶ができるまでの工程を3つのステップで体験するものでした。
工程1:カット
「切断前の材料」「切断後の材料」と丁寧にラベルされた展示台には、鮮やかな印刷が施された金属板のパーツが並んでいました。

この平らな1枚が、立体(円柱型)の缶になります。

缶の素材となる金属板は、ハガキと同じくらいの厚みしかないそうです。それをミリ以下の誤差で正確に切り出していきます。「まっすぐだと歪んでしまい、うまく丸くならない。新聞紙の厚みくらいのズレでも、缶として成立しなくなる」という説明に、参加者からどよめきが起きました。

子どもたちが実際に機械を体験できる場面では、真剣な顔つきで作業に挑む姿が印象的でした。

工程2:合口合わせ
次はパーツを組み合わせ、缶の形に仕上げていく工程です。

ここで初めて缶らしい姿が現れます。ピンクの缶がラインから整然と流れ出てくる様子を、子どもたちは食い入るように見つめていました。


蓋がピタリと閉まるときの、あの吸い付くような心地よさを実現するのは、当たり前のようでいて実は難しい技術です。機械が動いていても、それを制御し、ミリ以下の単位で調整し続けるのは、熟練の職人たちの目と手です。。

大人も子どもも、できあがった缶の蓋を開けたり閉めたりして、そのフィット感に感心していました。
工程3:胴体の仕上げ
最後に、L字型に折られた金属板を合わせて、四角い胴体へと仕上げていきます。

手を切らないように白手袋をつけた参加者が、スタッフの指導を受けながら実際に手を動かす場面では、みな、やや緊張した面持ちで取り組んでいました。

自分の手で金属板が箱型になっていく。その瞬間の達成感は、体験した人にしかわからないものがあったはずです。
途中には「カンカンクイズ」も用意されていました。缶にまつわるクイズに答えながら工場の知識が自然に身につく仕掛けです。身近なはずの缶の意外なトリビアに「勉強になった」と大好評。

最後は好きな缶を選んでお持ち帰り。カラフルな缶が並ぶテーブルに、参加者たちの目が輝きました。

2つのワークショップ
側島製罐事務所1階のイベントルームでは、2つのワークショップが開催されていました。アロマワックスづくりとオリジナル缶づくりです。
アロマワックスづくり
側島製罐の缶の中にワックスを流し込み、金箔や好きな花を浮かべて、目と香りで楽しめるアロマワックスを作ります。
女性二人連れは、旅先でよく眠れるようによい香りのするサシェなどを持って行くのだそうです。

これは缶の蓋を閉めて持って行けるので、使い勝手がよさそうだと嬉しそうにお話しされていました。
スーツ姿の男性は、「大豆を使用したソイワックスは、固まると白くなるので、花びらを全部沈めると見えなくなってしまうんですよね。うまく浮かべるのが難しいです」と言いつつ、真剣に一枚一枚花びらを浮かべていました。

この日は遠方から、たまたま仕事で名古屋に来られたタイミングで、お祝いに立ち寄られたとのこと。

丁寧なレクチャーで、素敵なアロマワックスができあがっていきました。

オリジナル缶づくり
販売ブースで購入した缶にシールでデコレーションし、自分だけの缶を作れるコーナー。

顔を作ったり、表も裏も隙間なくたくさんのシールを貼ったりと、思い思いに子どもたちが「自分だけの缶」を作る様子は本当に楽しそうでした。




120周年を迎えて、社員の想い
120周年という大きな節目を迎えたこのイベント。予想をはるかに上回る来場者で忙しそうな社員のみなさんに、少しだけお話を伺ってきました。

入社3カ月でもイベントの大きな戦力
入社からまだ3〜4カ月という水谷さんは、メインイベントの一つ、お菓子缶研究家・中田ぷうさんのトークショーに登壇し、堂々と質問に答えていました。緊張している様子はほとんどありません。

実は大治町長・鈴木康友さんとは幼馴染だそうです。入社したばかりでも、会社や町のネットワークの中にいる。大治町という土地の大らかさが、そのままその場の雰囲気に反映されているようでした。
20年間缶一筋の人生が缶愛好家と出会ったとき
20年以上缶を作り続けてきた長吉さんは、中田ぷうさんとのトークショーの中でこう話していました。
「これまで、試行錯誤しては壁にぶち当たることを繰り返してきました。『合口合わせ』『柄合わせ』は腕の見せ所です。側島製罐のミッションである『世界にcanを』を掲げて、ここまで頑張ってきました。こんなふうに缶を愛してくださる方に出会えて感慨深いです」

海外製の缶を含めたくさんの缶を見てきたぷうさんの「まずきれいに蓋が閉まるってすごいことなんですよね」という言葉と、静かに響き合っていました。
「3足のわらじ」を応援してくれる会社
マルシェに出店したen-relaxation salonの店主〇〇さんは、側島製罐のパート社員でもあります。
パート社員とセラピストと子育ての3つの役割をこなす彼女。側島製罐はとても働きやすいといいます。「パートなのに産休も育休もしっかり取ることができました。こんな会社はなかなかないです」

また、「急に休んでもスキマバイトサービスで補填してもらえるから、周りに迷惑をかけずに休めるのがありがたいです」と話してくれました。ちなみに側島製罐のスキマバイト求人は「秒で決まる」ほど人気だそうです。働きやすい会社というのは、外から見ても伝わるものなのかもしれません。
まるで何人もいるかのように動き回っていた代表・石川さん
そして、代表の石川さん。当日は来場者の対応や登壇で、文字通り会場中を走り回っていました。その神出鬼没な働きぶりはとても1人のものとは思えません。おそらくこの日の石川さんは5人くらいいたのでは、と筆者はにらんでいます。

筆者の顔を見るたびに口をついて出るのが「こんなにたくさんのお客さんが来てくださるとは思っていなかったから、十分なおもてなしができずごめんなさい。ライターさんはスタッフでありゲストでもあるので、ぜひ少しでも楽しんでいっていただけたらと思っています」という言葉。

筆者の目には、どんなに忙しくても、話しかければ満面の笑みで応えてくれる石川さんのその姿こそが、最高のおもてなしに映っていました。

常に誰かに呼ばれては全速力で走っていく代表を支えるように、入社数カ月の社員が壇上に立ち、20年のベテランが缶への想いを語り、パート社員がマルシェに店を開く。そんな側島製罐という会社の強さが浮き彫りとなった一日でもありました。
地域の「美味しい」と「美しい」が交差する、マルシェのお店たち
イベント会場には、地元大治町をはじめ近隣から個性豊かな13店舗が集まりました。

【飲食系】
「花菖蒲」(あま市)
絶品海老料理のお店。海老天太巻きや揚げ物の詰め放題が大人気で、イベントのたびに大好評だそうです。

この日も詰め放題は100名ほどが購入し、4度追加するほどの盛況でした。海老太巻きセットは早々と売り切れたとのこと。

「でら旨屋」
看板商品の握りたておにぎりは、希少なお米「龍の瞳」を使ったシンプルな塩むすび。

セットの豚汁は具だくさんで、どちらも早い時間に完売していました。特別にお米も販売。

「とくら総本店」(甚目寺町)
創業60余年にしてマルシェ初出店の老舗和菓子店。旬の柏餅とGW先行発売のわらび餅を引っ提げての登場です。

こしあん入りのわらび餅はやわらかさとさらりとした餡が口の中でひとつになる逸品。みたらし団子も早々に売り切れ。

「GELATERIA RAPACE」(あま市)
着色料・香料不使用の手作りジェラート店。店舗でも人気だというピスタッキオと、いちご(津島・加藤農園の土耕栽培イチゴ「ゆめのか」使用)が最初に売り切れ。

「ママ友が側島製罐で働いていて誘われた」という出店のきっかけも微笑ましい。

「和樂~waraku~」(名古屋市中村区)
中村日赤拠点の小児がん患者会ネットワークによるお店。レモネードや焼菓子の売上は活動費に充てられます。「側島製罐さんから看板商品の『Sotto』10缶を寄付していただいたご縁です」とのこと。

筆者も一杯いただきました。

焼菓子のパッケージには、がん患者の子どもたちが描いたイラスト。

「澤井コーヒー本店」(名古屋市東区)
コーヒーインストラクター1級のオーナーが厳選した豆を自家焙煎。近づくとよい香りが漂います。

深煎りのヨーロピアンと春限定ブレンドの中煎り、並べると色合いがまったく異なりました。

「Crepe Shop SARU」(大治店)
大人気のもっちりクレープは、ストロベリーチョコが一番人気だそう。「イチゴはそろそろシーズン最後なので、ぜひ味わってほしい」という言葉に、思わず足が向いてしまいます。

いつもひっきりなしに人だかりができていました。かき氷もあり、この日の晴天にぴったりのお店でした。

「The cafe eat salon」(名古屋市昭和区)
代表の石川さん行きつけのカレー専門店。社員さんたちからも太鼓判が押されました。

名物の “豚すね肉のカレー”をはじめ、お肉がゴロゴロ入ったスパイシーな欧風カレーは「癖になる」と評判です。

「oyatsu pokke」(刈谷市)
動物モチーフのイラストも自作という、世界観ごとかわいい無添加クッキー屋さん。

毎日8時間焼き続けるというさくさくなクッキーは、次々と売れていきました。

【体験・癒し系】
「浦田建築工房」(あま市)
工務店で家を建てる際に使用した廃材を使った木工雑貨の販売とワークショップを展開。子どもの日を前に、かぶとやこいのぼりを作る親子連れでにぎわいました。

特におすすめだという、フローリング材をカットして作るコースターは、ほんの少しのズレも許されない繊細な作業なのだそう。

「helmi」(あま市)
ヘッドマッサージのお店。いつ見かけても施術中でした。疲れている方が多いんですね……。筆者も受けたい気持ちで後ろ髪を引かれながら次の取材場所へ。

お隣「en」の社員さんとお友達というご縁で出店されたのだそうです。

「en-relaxation salon」
側島製罐社員による出店。台湾式足つぼ、コルギフェイシャル、耳つぼジュエリーの3種が受けられるという欲張りなお店です。

店主さんは、現在はパート社員をしながらセラピストとしても活動しています。さらに、側島製罐に勤める前は英会話の講師もしていたそうで、その多才ぶりに驚かされました。

「そばじまネイル」
趣味と謙遜しつつもネイル資格を持つ社員が爪のピカピカ磨きを施術。

おしゃれが気になりはじめた女の子がお母さんと並んで仕上げてもらっている姿が、なんともかわいらしい光景でした。

縁日:輪投げと射的
縁日コーナーの輪投げや射的は大人気でした。

お菓子まきの終了と共に、射的場は長蛇の列。お目当てのお菓子に当てるのは難しい!
「もうちょっとこっちかな」と社員さんにアドバイスをもらいながら、頑張ってお菓子をゲットしていました。

そばじまShop
事前に購入したチケットでガチャが引けるコーナーと、側島製罐の缶が購入できるコーナー。

側島製罐では、このイベントと並行して社史を制作し、クラウドファンディングにも挑戦中。

側島製罐の定番商品と120周年記念グッズを販売しました。

お菓子缶研究家・中田ぷうさんトークライブ「120年目の缶に魔法をかける『偏愛』の正体」
11:30スタートのお菓子缶研究家・中田ぷうさんのトークイベントでは、側島製罐の石川さん、長吉さん、水谷さんが登壇しました。

缶の魅力は、その「永遠性」
ぷうさんへの最初の質問は、「なぜ缶を好きになったのか」。

ぷうさんが最初に缶に恋をしたのは、3歳のときのこと。
昭和51年、祖父に連れられて訪れた紀ノ国屋で、チャームスのキャンディ缶と出会います。
「こんなに素敵なものがあるんだ」
その感激が、50年にわたるコレクション人生の出発点になりました。
「紙と違って劣化しない。缶には永遠性があるんです」とぷうさん。

2,000缶のコレクション「中身はいらない、缶だけでいい」
現在のコレクションは約2,000缶。
石川さんの「2,000缶といえば、弊社でもフォークリフトで運ぶレベル」という言葉からも、そのとてつもない数が伝わります。
「そもそも缶だけが欲しいので、中身には興味がないんです」
お菓子は人にあげてしまうそうで、宅配業者さんにそのまま渡すこともあるとか。缶だけが、ぷうさんの手元に残ります。

石川さんが恐縮して「お菓子缶の価格はほぼ中身なんです。なので申し訳ないとしか…」と伝えても、ぷうさんは笑顔でした。コレクターはきっと、缶を手に入れられさえすればそれでよく、ほかのことは気にならないのでしょう。
缶の歴史は「女性の生き方」の変遷
ぷうさんが子どもの頃の日本のお菓子缶といえば、お中元やお歳暮など贈答用の大きなもの。デザインは大人向けで、子どもの目には「かわいいというより怖い感じ」だったといいます。

「日本でも女性の社会進出とともに、『ちょっとしたプレゼント』を送る機会が増えて、缶が小さくなっていったんだと思います」とぷうさん。
缶の歴史が女性史と重なっているとは、さすがお菓子缶研究家らしい視点です。現代の女性が、パッケージにも味にもこだわったバレンタインチョコを、日頃頑張っている「自分へのご褒美」に購入する構図は、女性の生き方の変遷が行きついた「究極の形」なのかもしれません。
缶業界への本音
トレンドへの視線は率直です。
「クリエイターがいきりすぎたデザインが目につきます」とバッサリ。たとえば、シンプルでパティシエの名前だけが前面に出たデザインは「あなた、本当はお菓子や缶、 好きじゃないでしょ?という感じ」と苦笑します。
女性がときめくのは、作り手の名前ではなく、缶そのものの魅力だというのがぷうさんの持論です。

水谷さんが「確かに名前だけではときめきません。男性だけの会議で決められたものは『私は買わない』となることが多いです」と女性目線で語ると、石川さんが「つまりロジカルに突き詰めて考えてもダメってことですね」と締めました。
「発掘したくなる魅力」を見つけたい
最近、ぷうさんと側島製罐が一緒に作った伊勢虎屋(虎屋ういろ)の缶について。ぷうさんは、虎のキャラクターのかわいさにまず目を付けたそうです。
しかし、自社の古くからのキャラクターや文字の「かわいさ」や「素晴らしさ」に気づいていない老舗も多いといいます。ぷうさんのような外部からの指摘で、その魅力に気づくこともあるのだとか。

クリエイターの作った今風のキャラクターよりも、かえってお菓子メーカーの社長が描いたような素朴なものに魅力がある、といいます。「技術ももちろん大事だけど、そうした“発掘したくなる魅力”は大切です」
缶は、外に出る理由
「缶は私にとって、生きる道しるべ。ガソリンです」と言い切るぷうさん。
ご本人いわく、意外にも引きこもりで、友人もいない、人に会いたいとも思わないといいます。それでも外に出る理由は、新しい缶を見るため。
50年間、ぷうさんを世界とつないできたのが、缶でした。

インタビュー「永遠性」と「念」が宿るデザイン
事務所に場所を移してぷうさんにお話を伺いました。

「念のこもった缶」が長く愛される
長く愛される缶に共通するものは何か、と尋ねると、ぷうさんは即座に答えました。「念がこもった缶、ですね」。「想い」という言葉では、まだ足りないのだと。
1974年のヨックモック2代目シガール缶の織り柄は、今も復刻を望んでいる一品。鳩サブレーの黄色は「バターの溶けた色」で、社長の強い想いが形になったものだといいます。

デザインの美しさだけでなく、作り手の気持ちがこもっているかどうか。それが、何十年経っても色褪せない缶と、そうでない缶の差だと感じているそうです。
機能面では「使えること」「しまいやすいこと」が重要。丸い缶はデッドスペースが生まれるため、コレクターとしては四角いものを選びます。「収納するものと考えれば、ものの入らないサイズや変わった形のものは買いません」。愛好家の目は、実はとても現実的です。
缶の「その後」にも、愛
コレクションが増え続ける一方で、ぷうさんは定期的に断捨離もします。昨年春には300缶を手放しました。まず友人や叔母に好きなものを選んでもらい、残ったものは家の前に並べて「ご自由にお持ちください」の紙を添えます。

「缶だけだと『収納道具』として考えられるので、持ち帰りやすいみたいです」
たしかに、中身が入っていると「食べなくちゃ」というプレッシャーになることもありますが、缶だけなら気軽にもらえます。
愛着を持って集め、手放すときも誰かに喜んでもらう。最後まで缶への敬意が滲んでいます。
ちなみに、バレンタインにまた数百缶買ってしまい、現在のコレクションは元通りの2,000缶とのこと。

ぷうさんの缶づくり体験
トークイベント後、ぷうさんも缶づくり体験ツアーに参加されました。
体験を終えたぷうさんは、側島製罐の缶づくりについてこう語りました。
「昔は鋭利で手を切りそうだった缶が、今はこんなに優しく、それでいてすごく正確に作られているんですね」

やや興奮気味に話を続けます。「機械が発達して正確に作れるようになっても楽なわけじゃない。一個一個、ミリ以下の単位で精度を出している。大変な作業だと思いました」
かつての「手作り時代」を知るぷうさんは、現代の缶に宿る「新たな職人魂」に深い敬意を表していました。作り手の苦労を知っているから、缶をぞんざいに扱えない。それはぷうさんも、側島製罐の職人たちも、きっと同じ気持ちのはずです。
そして、この日いちばん心に残ったのは、ぷうさんのある行動でした。
予定ではぷうさんに缶づくりを体験していただき、その様子を取材撮影することになっていたのです。
しかし缶づくり体験は大人気で、あっという間に定員に達しました。さらに時間の都合上、体験できるのは「1家族につき1名まで」という規定があり、体験できない子どもたちもいました。ぷうさんはその様子を見て、自分の体験枠を子どもに譲ったのです。

残念ながら、ぷうさんが缶を組み立てている写真はありません。けれど、枠を譲り受けた子どもの弾けるような笑顔は残りました。
「日本一町長らしくない町長を目指す」——鈴木康友町長と大治キッズによる本音トーク
令和7年、大治町第9代町長に就任した鈴木康友さん。
自ら「日本一町長らしくない町長を目指す」と公言する康友町長は、トークショーの前に会場を歩き回り、お店の方やお客さんに気軽に話しかけていました。

「入庁したときから側島製罐さんのことは存じ上げており、ずっと注目していました。ご縁をいただけないかなと思っていたんです」

その縁が、創業120周年というタイミングで実現しました。

そんな気さくな康友町長のトークイベントでは、側島製罐の石川さん、山口さん、安井さんとともに大治町の子どもたちも登壇しました。
移民と赤シソのまち
「大治町はどんなまちですか?」の問いに、「人が行き交う街です」と鈴木町長は答えました。川の渡しとして、農村でありながら古くから人が行き交ってきた場所。多くの方を受け入れてきた土地柄は今も変わっていません。

愛知県で2番目に小さく、2番目に人口密度が高い大治町では、若い世代の移住が増えています。その理由はシンプルです。「土地が安い」
治安のよさも魅力です。犯罪件数も少なくのどかで、穏やかなまちの空気が伝わってきます。
特産品は赤しそ。有名な観光スポットはない、と町長は正直に言います。「そこが弱点」と。ただ、まちには知る人ぞ知る歴史があります。
人々が「光」を求めた場所
延暦21年創建の明眼院は、日本初の眼科治療院として全国から患者が集まった場所。
後水尾上皇皇女や桃園上皇皇子の眼病を治療し、円山応挙が感謝の証として障壁画を描き残したことでも知られています。その書院は現在、東京国立博物館に「応挙館」として移築保存されています。
「甚目寺観音のように史料が形に残っていたら、もっと有名であったのに」という町長の言葉に、惜しさがにじみました。

町長になろうとは、全く思っていなかった
政治家を志したきっかけは、師匠のひと言だったそうです。「政治がよくならなければ、生活はよくならない」。その言葉が腑に落ちて、町議会議員に立候補。「いつの間にか町長になっていた」と笑います。
「日本一町長らしくない町長を目指す」という発信には、「町長らしくえらそうにできない、したくない」という思いが込められています。
本当はこの日もTシャツで来たかったといいます。実際にはスーツ姿でしたが、それは事前の会合があったから。
そのうえで大事にしているのは、相手に押しつけないこと。「タキシードで来てといわれたら着ます。相手の想いや敬意を尊重することを忘れないように、その気持ちに恥じないようにふるまいたい」。
町民からのリクエスト
ベテラン社員の安井さんからは「人が集まれる大きな施設」、子育て中の山口さんからは「ボールが使用できる公園(球技場)」の要望がありました。

康友町長のインスタグラムには中学生からDMがくるといいます。その内容は「スケートボードパークを作ってほしい」という要望です。「球技場」と「スケートボードパーク」の両方は難しいので選択する必要があります。なので、中学生には「球技場になったらゴメンね」と伝えているとのこと。
子どもたちの質問が止まらない
トークショーでは子どもたちからの質問コーナーも設けられ、会場が和やかな空気と笑いに包まれました。

「大治町の好きなところは?」「全部」。「好きな食べ物は?」「お寿司。特にマグロです」。そして「何のお花が好き?」という質問には、少し嬉しそうに答えていました。「町長になってからお花を育てています。今はアマリリスを球根から」。インスタで成長記録も発信しているそうです。

子どもたちの質問が止まらず、どうにか収める場面も。走り回る子など、壇上とは思えない自由な雰囲気です。
こんな風に子どもたちが自分のまちの代表者と同じ目線で対話できる場を、筆者は初めて体験しました。
まちの未来と、側島製罐への期待
インタビューでは、まちの未来についても率直に語ってくださいました。

高齢化が進む日本において、若い人口が多いという大きなポテンシャルを持つ大治町。しかし、若い人の未来をどう見るかで政策は変わるといいます。
「若い人にとって、現代は無限の可能性を秘める半面、様々な能力の要求水準が高すぎるのではないかと心配しています」たとえば、昔はお豆腐屋さんはお豆腐の作り方を追及することで商売ができました。でも今は販売促進のため、SNSや動画制作などの技術も求められます。味だけでなく「経営スキル」が必要なのです。

今後ますます格差が広がる時代に、行政は「四角い枠に三角や多角形を押し込める」のではなく、誰もが許容される枠組みを考えていくべきだと話します。
「みんなで考えて決めたことであれば 、どんな形になってもいい。そんな自由な発想で挑む集団のあり方を、側島製罐さんから学びたい」

3万3600人の未来を背負うトップが、一民間企業に対してそう言い切りました。大治町と側島製罐の未来の可能性に、心が躍ります。
インタビュー後もマルシェに戻り、お店の方たちと言葉を交わしていました。


2度目のお菓子まきと来場者の言葉
インタビューが一通り終了してふと外を見ると、2度目のお菓子まきの準備がはじまるところ。慌てて外に出てスタンバイ。楽しいイベントもそろそろ終わりが見えてきました。

手を伸ばす人、袋を広げて待つ人、両手いっぱいに抱える子、みんな、思い思いにこの瞬間を楽しみます。

一日中動き回り、疲れはピークのはず。 それでも、最後の瞬間を最高のものにするため、ベテランも若手も、最後の福を開会のときと同じ力で宙に放り投げます。

イベントコーナーの椅子でまったりお菓子やジェラートを食べる親子連れにお話を伺いました。お話しした方の多くは近隣の方で、「地域みっちゃく生活情報誌くれよん津島版4月号」を見て来たという方たちが何組か。
側島製罐さんをはじめて知ったという方も、今日はとても楽しかったと笑顔を見せました。

ほかに多かったのは、側島製罐の社員の友人という方たち。社員が自社のイベントに友人を呼び、友人が楽しんで帰る。これは「社員から会社がとっても愛されている」図式ではないでしょうか。

閉会と記念品
一日限りのテーマパークは、ついに終わりを迎えました。
地方都市の、小さな町のBtoB企業。 本来なら、地域にすら埋もれがちな存在です。
それなのに、これほど多くの人が遠方からも駆けつけました。理由はひとつ。側島製罐が120年かけて紡いできた、挑戦の軌跡に惹きつけられたから。






120周年を記念して作られた缶。

レトロなビール缶のデザインも、クッキー缶の紺地にシンプルな文字も素敵です。
缶の中身はマルシェにも出店されていた「oyatsu pokke」のクッキー。

社員の手がけた石川さんの似顔絵の再現性が素晴らしい!
しかし、「とっても食べにくいと評判」とは当の石川さんの弁。
石川さんによるコピー「Open the can」。直訳は「缶を開けて!」ですが、「自分の可能性(can)を解き放て!」=「なんだってできるよ!」といった「意訳」をしたくなる強さがあります。
「そばじまフェスティバル」をやり遂げた社員のみなさんの中には、「なんだってできる」という確かな手応えが生まれた、そんな一日だったように思えました。
ガチャン。工場に響く金属音は、今日も鳴り続けています。
当日の様子
https://www.youtube.com/watch?v=PkL0u6yQ9UM
